TOP > バックナンバー > Vol.13 No.7 > 電動車両関係
EV化の波につれて、実際の製品設計、製作に関連するような課題に対して盛んな質疑が行われる場面が多くなってきた感がある。一方、電動車両関連の発表が件数の増大だけでなく、その対象範囲、深さとも拡大しており、システムとしてEVに関する研究動向のフォローには多くのセッションをチェックしなければならない状況になっている。ここでは、エンジン技術者が電動車両のトレンドと課題を把握していただくことを目的に、やや偏ったテーマ選択を試みた。
講演紹介(1)Liイオン電池の劣化と安全性の評価
Liイオン電池の熱暴走はEVの安全面での最大の課題のひとつであるが、使用による劣化の影響については系統的な検討に至っていない。
Koshikaら(1)は使用中のEVの劣化したLiイオン電池を対象に、劣化のメカニズムと安全評価方法について、セルベースでの検討結果を紹介した。0℃の環境で充放電を繰り返す方法(加速試験に相当)で用意した劣化度の異なる小容量(18.2Wh)の円筒形巻き上げタイプのセルを用いて、劣化の進行に伴って生じる、ⅰ)容量の減少度合い、ⅱ) Ar雰囲気中で分解したセルの電極の観察と固体Li NMR解析、ⅲ)レーザ照射による熱暴走試験、の各結果を報告した。
容量は図1に示すとおり、100サイクルで77%まで低下しているが、その減少度合いは50サイクルまでは一様ととれる。しかし、分解した電極では25サイクルでわずかな灰色部分が発生し、その後範囲拡大とともに、銀白色部が出現、拡大している(図2)。NMR解析の結果、灰色部は酸化Liの析出部で、銀白色部はLiの析出部であることを確認し、巻き上げタイプの構造上、温度の不均一さからと考えられる不均一な劣化が進行していることが分かる。熱暴走試験時の開放電圧と電池表面温度の変化は、新品のセルが約550秒で急激に温度が上昇し、起電力が喪失し、熱暴走が認められる(図3 (a))のに対し、50サイクル充放電後(同図(b))では50秒弱で熱暴走に至っている。図4は各充放電サイクルの後の電池に対して、熱暴走に至るまでに照射されたレーザのエネルギーを示したもので、25サイクルまでは充分大きなエネルギーが必要だったのに対して、50サイクル以上では極端に小さなエネルギーで熱暴走に至ることが分かる。車両の安全にはひとつのセルの熱暴走が隣接するセルの熱暴走を誘発しないことが必須であるので、以上のことから、金属Liの析出によるセルの劣化を防止または検出することが重要であるとしている。
電極内の温度に差が生じやすい巻き上げタイプのセルを使用していることに加え、セル内の温度勾配を高める低温環境での試験であるので、直ちに実搭載の電池に関して定量的な推測をすることはできないが、電極内の温度の不均一の影響の大きさを示唆するとも考えられ、非常に興味深い。
従来から欧州の部品メーカー等の駆動系に関する提案が散見されてきたが、EV化の進展に伴い、広範囲の利用を前提とした次世代を目指した基本的な駆動系をBorgWarnerが紹介した。
Gabriel Dominguesら(2)は、駆動系のコスト削減と高効率化を目的とした、広範な乗用EVの要求に対応出来る集積化された駆動モジュール(integrated Drive Module, iDM;電動機、駆動インバータ、変速機をモジュール化)を検討する手法について述べた。車両の主な要求条件(図5)に対応出来る、できるだけシンプルで低コストのiDMを決める際の考え方を述べているが、現在主流の400V系の電池をベースにするものの、将来的に効率の点から主流になる800V系にも対応出来ること、低μ路での車両の回頭制御を含めた付加機能にも対応出来ることなどが必要としている。
Aulin と Ishihara(登壇者)ら(3)は、大量普及に対応する際のキーとなるライフサイクルコストと希少資源保護の観点から、この提案の電動機として外部励磁型同期電動機(Externally Exited Synchronous Motor; EEMS)の可能性についてシミュレーション結果を交えて紹介した。EESMはPMSM(永久磁石同期電動機)のロータをコイルに置き換えたもの(図6)で、給電ブラシの機械損と保守の課題を解消する"Rotary Transformer”について検討中で、試作結果は次回発表するとしている。ロータ部分のみを置き換えてPMSM, EESM, IM(誘導機)につての効率を検討した結果、高効率域は図7に示すとおり、PMSMは低速・髙トルク域で有利であるのに対し、EESMは高速・低トルク域で有利であり、試算ではWLTC/US-06各モードでの各々の効率は、PMSMが94.7%/ 94.6%、, EESMが92.7%/93.2%、, IMが91.7%/90.8%となり、EESMはいずれもPMSMより若干劣るが、高速走行が多いUS-06ではその差が減少しており、コストや資源の面を考慮すると有利であるとしている。
iDMのもう一つのキーポイントは、コンパクトで汎用性の高い変速機である。電動機と同軸上に遊星歯車による髙減速比(12.4:1)の減速機とデフを複合したギヤ(図8-b)を設けている。アクスル上にiDMをセットする必要性から軸方向長さの短縮化を図っている。横滑り防止機能(ESC)として、高機能EVでは2モータによる左右独立のトルク制御などが採用されているが、広範な車両に採用する必要から、コンパクトなモジュールの追加で高機能のトルク制御(electrical Torque Vectoring, eTV)を可能としている。図9はPMSMにセットした例であるが、左の赤紫色の部分がeTVで、リングギヤを共有する2組の遊星歯車で構成されている。右側のサンギヤは固定されおり、左側のサンギヤにはトルク制御用のモータのトルクが入力される。右のキャリア(デフの枠に接続)と左のキャリア(左側車軸に接続)のトルクに、eTV入力のトルクが加算/減算される。eTV用モーターの作動はトルク制御必要時のみでよく、かつ、この値が車速や車軸トルクの制限を受けない特徴がある。
前述のテーマは電機系と伝達部分のモジュール化に関するものであったが、駆動用のエレクトロニクスや充放電等の機能を果たす部分についての集積化も興味深い。
Sehmalzlら(4)は、2022年春季大会で構想を述べたEVの電力制御系を集積したユニットについて具体的な説明を述べた。EVでは駆動、充電と言った基本的な電力制御のほか、V2Hなど車両外へのAC電力移送制御、昇圧、降圧を伴うDC電力のやりとりなど、多彩な制御があるが、これらをコンパクトなユニットで一括して担うものである(図10)。主回路構成の概要を図11に示す。基本は、Phase module内の昇降圧コンバータ(スイッチング:最高500kHz)によってその時点で必要なアナログ値を発生する(図12)もので、駆動用電池との間でAC/DC双方の電力のやりとりを行う。グリッド側とのやりとりがトランスを介さないが、この状況での直流的な絶縁に関して明文化された規格がないことに言及し、従来の基本的な絶縁条件に加えて漏れ電流のモニタ等の併用での安全確保を提案している。図11に記載はないが、車体接地している補機用の12V電池がDC/DC変換器を介して主回路につながるので、高抵抗値のタイヤを介して接地しているEVでは、このDC/DCの絶縁性能がまずは問題であろう。
EV化が進む中で、走行時のエネルギー効率の良さのみでなく、製造時も含めたライフサイクルコストを懸念する議論も多い。電池の製造に要するエネルギーの大きさや電池の寿命に関する課題や、電気の製造時のエネルギー(需要タイミングも含めた、電力ミック)などがよく議論になるが、駆動系の効率が良い分廃熱が少ないEVにとって、暖房による消費エネルギーも大きな課題である。これはユーザーにとっても直接影響がある重要な課題であろう。これに関連した種々の見方を知る意味で、幾つかの発表の概要を紹介する。
田中ら(5)は、同一電池で走行した自家用EVの11年間の走行記録を基に、空調負荷が電費に与える影響について述べた。片道1時間ほどの通勤(通勤先は変化あり)が主な利用で、日ごとの記録であるが、冷暖房の影響を確認する目的で実施したエアコン不使用の4年分の貴重なデータが含まれている。図13の上部は月平均の電費を示したもので、緑がエアコン不使用時、青が使用時である。下の図は月ごとの平均温度を示す。走行環境の変化を無視すれば、エアコン不使用時でも、冬期は夏期より電費が15%ほど低下している(電費がkm/Wh表示であるが、線形の比較のためにWh/km表示に変換すべき)。横浜周辺の走行である本件では、エアコンの使用によって不使用時より15~20%の低下がある。冬期の電費悪化の程度は温度に大きく依存するので、使用地域差が大きいと想像される。また、一般的な議論では、エアコン不使用時との比較ではなく、冬期の電費の夏期に対する悪化度だけが記載されている例がほとんどであり、空調負荷の影響のみを分離した貴重な発表であると考える。
米国を中心に実際の使用環境下でのエネルギー消費量や排出ガス量を評価する方向に向かっている。川野ら(6)は、冷暖房の影響を加味したCO2排出量の評価方法(SAE J2766)でまだ規定されていないBEVの冷暖房の影響を推測する方法について述べ、世界各地域での現状と2035年での状態を推測した。J2766とこれを補足する研究では、ICEVとHEVに関しては、車両の特性値入力に対応した冷房時のCO2排出量を既存の公表データを基に推計している。そこで、電気ヒーター搭載車とヒートポンプ搭載車の、エアコン使用状態でのWLTC試験を実施し、エアコンの平均仕事率を求め(表1)、更に発電に関するLCAデータを用意することでICEVやHEVと同等の処理を可能とした。2035年の各地域でのパワートレインの変化を推測し、空調帰因のCO2排出量の現状と2035年の推測をしている(図14)。車両総数の増大と電力ミックスの関係から、中国と発展途上国での消費増大が問題となるとしている。2035年に向けては、状況を大きく変える要素が多く、こちらの予測の方が重要かもしれない。
効率の面から車両用のヒートポンプエアコンの実用化も待たれているが、断熱をはじめとする熱負荷の低減も一方法である。Gursaran(7)は暖房時の空調の再循環比率と熱負荷の低減の関係について湿り空気線図によるシミュレーションで求めた(図15)。-20~15℃間5℃ステップの外気温に対して客室を22℃、50%に維持する条件で、100%外気導入時に対して、再循環で削減できる電力量は図16のように、低外気温で顕著になり、再循環率50%での効果が高い。風洞内(5℃)での実車試験では,コンプレッサの消費電力が100%外気導入に対して再循環率25%時に約15%(791W)、50%時に約34%(1922W)低減した。しかし、低外気温時は搭乗者の影響で窓が曇るので、走行前に商用電源で事前に客室温度を高めておく運用が好ましいとしている。
1990年ごろのNi-MH電池搭載のEVに、空調負荷低減を目的に客室下部を再循環、デフロスタを中心にした客室上部に外気導入をした例があったが、その後、この件が話題になっていない点は興味深い。
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