TOP > バックナンバー > Vol.12 No.7 > TEMとREMで探るすすの逃げ道
ディーゼル火炎内やエンジン筒内で生成されてしまうすす粒子(排気微粒子の主成分)は、そのほとんどがOHラジカルと呼ばれる火炎中の活性化学種によって酸化され消滅するため、排出される量は僅かである。この僅かなすす粒子の排出をさらに低減し、加えてCO2排出も大幅に低減するというのが現在のエンジン開発の直面する課題である。なぜ、すす粒子を火炎内で完全に酸化消滅させられないのか。著者らは、すす粒子が酸化を回避する「逃げ道」があると考えており、その調査に透過型電子顕微鏡(TEM: Transmission Electron Microscopy)というすす粒子の姿や結晶構造を直接観察できる分析手法と、急速膨張装置(REM: Rapid Expansion Machine)という新たに開発中の実験装置を活用しようと考えている。
ディーゼル火炎は強力な酸化剤であるOHラジカルの「層」に包まれており、火炎中心部で生成されたすす粒子はこのOH層を通過する途中でほぼ酸化消失する。火炎中心部で生成したすす粒子(図1中青:Core)は球状で、グラファイト状の密な結晶構造を示すが、火炎周辺部で酸化消失する途中のすす粒子(図1中赤:Periphery)は異形で、アモルファス状の疎な結晶構造を示す。一方、排気中のすす粒子(図1中緑:Exhaust)は酸化時とは逆の密な結晶構造を示し、排気中のすす粒子がOHによる酸化を経験していない、つまりすす粒子が酸化を回避する「抜け道」が存在することを示している。(1) 著者らは次章で述べる隣接火炎間の干渉領域がこの抜け道の一つに相当するのでないかと考えている。
円盤形定容容器の中心に多噴孔インジェクタを設置し、隣接ディーゼル火炎間の干渉を再現した。動画中に赤線で示す噴霧軸上領域では輝炎が早く消失するのに対し、青緑線で示す隣接火炎間干渉領域では輝炎が最後まで滞留することがわかる。この火炎間干渉領域ですす粒子のOHによる酸化が抑制され、滞留中にすす粒子の凝集が進むと推測される。動画中〇印の位置で高速電磁弁を用いてすす粒子を時間分解サンプリング(〇印の色変化=開弁時期・期間)し、吸い出したすす粒子をTEMグリッド上に熱泳動効果により即座に捕集した。噴霧軸上領域(赤)から火炎間干渉領域の前半(青)・後半(緑)に至るまでの粒子性状の変化をTEM観察・解析により詳細に調査した。
Movie 1 ディーゼル火炎噴霧軸上領域及び火炎間干渉領域からのすす粒子サンプリング実験
右のTEM画像より、噴霧軸上領域(赤)から火炎間干渉領域の前半(青)・後半(緑)に亘り、すす凝集体および要素粒子のサイズの変化が伺える。研究室で蓄積してきたノウハウに基づきこれらの粒子性状を定量解析すると(2,3)、左の粒径分布が得られる。解析の結果、軸上(赤)から干渉領域前半(青)にかけては火炎中での凝集および要素粒子表面成長の進行を反映して凝集体・要素粒子共に大きくなるが、干渉領域前半(青)から後半(緑)にかけては、想定していた酸化抑制や凝集の助長を反映した凝集体・要素粒子サイズの増大は見られず、逆に酸化による減少が観察された。これは定容容器を用いた本実験が、膨張行程による温度低下を再現できないためと考えられる。
Movie 2 ディーゼル火炎噴霧軸上領域及び火炎間干渉領域のすす粒子の性状比較
これまで開発してきた火炎内すす粒子サンプリング手法や先端的な光学計測をそのまま適用可能でかつ、膨張行程による温度低下を単発で簡便に再現可能な急速膨張装置(REM)を開発中である。フリーピストンを頭部に転がり軸受の付いた4本の「脚」で支えておき、予燃焼およびディーゼル燃焼による筒内圧上昇と同時にこれらの脚を空気圧シリンダにより「膝カックン」の要領で転倒させ、筒内圧により押し下げられたフリーピストンは衝撃吸収材(粘土の塊)に衝突して停止する。膨張速度はほぼ筒内圧とピストン質量のみによって決まる。様々な工夫、改良を重ね、これまでに安全に狙い通りの膨張行程を再現できることを確認している。
Movie 3 REMの概略及び急速膨張の様子
新たに開発したREMで膨張行程中の温度低下を再現しつつ、隣接火炎間干渉領域のすす粒子のサンプリングおよびTEM観察・解析を行い、さらに新たに検討中の紫外波長可変高周波レーザを光源に用いた火炎内OHラジカルおよびすす粒子の高速度吸収影写真撮影を用いて、すす粒子が火炎中および筒内で酸化を回避する逃げ道を突き止め、この逃げ道を塞ぐ対応策を検討することで、ディーゼル機関からのすす粒子排出のさらなる低減、カーボンニュートラル達成のためのエンジン開発に貢献したいと考えている。
実験およびREM開発に御尽力頂いた明治大学相澤研究室の嶋田泰三氏、遠山義明君、草刈良介君、篠原昂陽君、佐藤絢士郎君、伊東啓太君、鴨志田達貴君に感謝申し上げる。
コメントを書く