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2 SIエンジン関連

2.1 先進ガソリン機関技術Ⅰ(セッション番号85)

 本セッションは,大会の最終日に開催され,点火や自着火および筒内流動等に関する熱効率向上に向けた要素技術の講演が4件,最新エンジンの技術紹介が2件の合計6講演が行われた。会場はほぼ満席状態で,活発な質疑応答が行われ,本セッションに対する,関心の高さが見受けられる。その6講演の中から,ここでは,点火に関する要素技術1件と最新エンジンの技術紹介1件,二つの講演を紹介する。

 慶應大の坪井らは,「火花放電特性がスーパーリーンバーンSIエンジンの着火および燃焼過程に与える影響」(2-1)と題して講演を行った。高タンブル・超希薄SIエンジンにおいて点火手法の強化は重要な課題であり,放電電流値や放電エネルギー以外にも,放電経路の伸張や短縮が与える火炎核生成への影響を検討する必要がある。本稿では,放電パターンによる火花放電特性の変化が,着火および燃焼過程に与える影響を考察している。また,実験では,筒内可視化を行い,火花放電特性が火炎核生成に与える影響を検討している。本研究で用いた点火装置を図2-1に示す。点火コイル20個(直列2個×10組並列)搭載し,コイル組毎に放電開始時期を制御可能となっている。

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 この装置により,コイル組間の放電間隔を変更し,ピーク電流値や放電期間が異なる放電パターン(図2-2)を作成している。

 IMEP変動率(図2-3(b))は,特にλ=2.0以上の希薄条件において,放電間隔によるCOV抑制効果が顕著であり,放電間隔0.4msで最小となり,リーン限界はλ=2.1に向上している。放電間隔拡大による筒内放電エネルギー増加が,希薄条件でのCOV抑制に寄与した可能性が考えられるという。初期燃焼期間SA-CA10(図2-3(c))は,空気過剰率の増大および放電間隔の拡大に伴い,燃焼期間が増大した。放電パターンによる初期燃焼期間への影響が明確に観察できるという。

 可視化測定では,超希薄条件下での着火および燃焼過程を調査している。図2-4に空気過剰率λ=2.2,放電間隔0.4msでの点火時期からの撮影画像を示す。Cyc.(A)の画像4~5枚目では,放電経路が著しく伸張した様子を確認できる。この伸張によって,安定した火炎核が早期に形成され,燃焼位相が早期化したと考えられる。Cyc.(B)では,放電経路からエネルギーを与えられた混合気が下流へ移動し,火炎核が形成されたと推察できると説明があった。
 超希薄SIエンジンの放電パターンによる,着火および燃焼過程に与える影響や放電経路伸張・短縮による火炎核形成に対する知見が得られている。筒内流動との協調等により, SIエンジンの更なる熱効率向上に期待したい。

 日産の高木らは,「溶射ボアにおけるマルチリンク機構によるピストン挙動の優位性」(2-2)と題して講演を行った。本報では,可変圧縮比機構VC-TURBOエンジンで採用した,マルチリンク機構と溶射ボア(Bore Spray Coating:BSC)との組み合わせによる,音振性能向上とフリクション抑制の両立に対する優位性を述べている。マルチリンク機構と従来のピストンクランク機構(以下従来機構)の部品構成比較を図2-5に示す。従来機構とは反対方向にシリンダオフセットが設定され,構造が異なるマルチリンク機構のUリンクは,従来のコンロッドとは異なる挙動となる。

 行程中のその傾斜角の違いを図2-6に示す。燃焼荷重が作用する膨張行程で,Uリンクの傾斜角は従来機構に比べ小さくなるため,ピストン側面スラスト荷重が低減し,フリクション低減効果が得られるという。

 図2-7に各タイミングでのピストンの姿勢を模式的に示す。マルチリンク機構の音振性能へ与える影響としては,従来機構に比べ水平方向Th側への衝突を抑制することができる。同時に,Th側ボア壁へピストン下端が衝突した後,その下端を支点に反時計回り方向へピストンが回転する挙動も抑制することができるため,スラップ音抑制が可能であるという。

 また,溶射ボア仕様は,鋳鉄ライナ仕様に比べ熱膨張による,ピストンとシリンダボア下側でのオーバラップが緩和され,フリクション低減効果が得られる。そしてその効果は,高温条件になるほどオーバラップ量が抑制され増加する。しかし一方で,シリンダ上端側のピストンとのクリアランス拡大が顕著なため,膨張行程時のピストン挙動が不安定になるといった課題がある。そこで,マルチリンク機構と溶射ボア仕様との組み合わせが有効であると推測し,フリクションと運動エネルギーの解析を実施している。その比較結果を図2-8に示す。目論み通り溶射ボア仕様は,シリンダボア中段から下側でフリクション低減効果が得られている。さらにマルチリンク機構を組み合わせるとピストンの運動エネルギー感度が緩和されているため,音振性能を低下させることなく,フリクション低減効果を享受できると報告があった。
 本マルチリンク機構は,連続可変圧縮比機構の製品化に寄与した技術の一つである。ロングストローク化への拡張性や本機構に最適なピストン形状の検討過程であり,今後の更なる進化に期待したい。(野口)

【参考文献】
(2-1) 坪井 星磨,御代川 慎司,松田 昌祥,横森 剛,飯田 訓正:火花放電特性がスーパーリーンバーンSIエンジンの着火及び燃焼過程に与える影響,自動車技術会2019年春季大会学術講演会講演予稿集,No.20195405
(2-2) 高木 裕介,星川 裕聡,小林 誠,茂木 克也:溶射ボアにおけるマルチリンク機構によるピストン挙動の優位性,自動車技術会2019年春季大会学術講演会講演予稿集,No.20195409